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松山地方裁判所大洲支部 昭和30年(ワ)7号 判決

原告 山本伸

被告 松本満

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一原告の訴訟行為

原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し別紙目録(一)の物件の引渡しをせよ。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として(一)のとおり、釈明として(二)のとおり、被告の抗弁一、に対する答弁として(三)のとおり、被告の仮定抗弁に対する答弁として(四)のとおり陳述し、(五)の各証拠方法の申出をした。

(一)  請求原因

一、原告は、昭和二八年八月一三日に、従前訴外今城ヨシ子の所有に属していたところの別紙目録(一)記載の物件等を、代金一、八五〇、〇〇〇円、その支払は (イ)契約と同時に一五〇、〇〇〇円 (ロ)同月一八日までに四〇〇、〇〇〇円 (ハ)同月末日までに五〇〇、〇〇〇円 (ニ)同年九月末日までに八〇〇、〇〇〇円に分割してなさるべく、被告が右各支払期日に支払をしないときは、(ロ)の期日までは(イ)の分一五〇、〇〇〇円、(ロ)の期日の翌日以降においては同日までの支払分(すなわち(イ)及び(ロ)の合計額)を原告が没収する約定のもとに、被告に売渡し、その引渡しをした。

二、ところが、被告は、前記(ハ)までの債務を履行し(ニ)の債務のうち五〇〇、〇〇〇円を支払うた―そのうち二〇〇、〇〇〇円は原告の被告に対する山林売買代金と相殺した―が、残金三〇〇、〇〇〇円は、原告の数次にわたる催告を無視して、その支払をしないので、ついに昭和二九年九月三日附内容証明郵便をもつて、被告に対し、同月一〇日までに残金の支払がなされないときは、同日をもつて本件売買契約を解除することを通知して、催告並びに条件附解除の意思表示をした。

三、しかるに、被告は、右催告に応じないで、所定の期日までに残金の支払をしなかつたから、そのとき、本件売買は解除されたが、被告は、売買物件を任意引渡さないから、そのうち別紙目録(一)記載の物件の引渡しを求めるべく、本訴請求に及ぶ。

(二)  釈明

一、本件売買物件は、前記のとおりすべて今城の所有に属していたもので、そのうち農地も原告が同人から買受けて被告に転売したものである。

二、農地の売買については、昭和二九年二月二二日に、愛媛県知事の許可がなされたが、それは、今城から被告に対する譲渡の許可としてなされたものである。

三、農地の売買については、右のとおりの許可がなされることを条件としてしたもので、その許可がなされたから、これが売買は有効である。

四、代金の支払は、農地の譲渡について前記二、の許可の有無にかゝわらず、昭和二八年九月末日までになされることの合意がなされていたものである。

五、原告は、農地の譲渡について知事の許可のなされて後、すなわち条件が成就して契約の効力が発生して後、催告の上解除の意思表示をしたもので、それは有効である。

(三)  被告の抗弁一、に対する答弁

本件売買物件のうち農地部分の価格が三〇〇、〇〇〇円を下らないことは、これを認める。

(四)  被告の仮定抗弁に対する答弁

一、被告の法律上の主張を争う。

二、仮に、一般論として、被告の法律上の主張が相当であるとしても、本件の場合の原告の給付は不可分のものであるから、全部解除は適法であつて、原告の解除の意思表示は有効である。

(五)  証拠方法

(1)  書証 甲第一号証

(2)  証人 佐伯範男

第二被告の訴訟行為

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、請求原因に対する答弁として(一)のとおり、原告の釈明に対する答弁として(二)のとおり、抗弁として(三)の一、のとおり、仮定抗弁として(四)のとおり陳述し、(五)の証拠方法の申出をし、甲第一号証の成立を認め、被告は、抗弁として(三)の二、のとおり陳述した。

(一)  請求原因に対する答弁

請求原因一、及び二、の事実を認める。

(二)  原告の釈明に対する答弁

釈明一、及び二、の事実を認める。

(三)  抗弁

一、しかしながら、本件売買のうち農地についての愛媛県知事の許可は、原告主張のとおり、原告と被告との間の売買にかゝるものではないから、本件売買のうち農地部分についてはその効力を生じておらず、したがつて、被告に債務不履行はないから、原告の解除の意思表示は、農地の部分については無効である。

二、本件売買物件のうち農地の価格は九〇〇、〇〇〇円に相当するが、少くとも三〇〇、〇〇〇円を下らないものゝところ、被告は、原告の自認するとおり代金のうち、一、五五〇、〇〇〇円を支払済みであるから、農地以外の部分について債務不履行はなく、したがつて、原告の解除の意思表示は、農地以外の部分についても無効である。

(四)  仮定抗弁

一、本件売買は、別紙目録(一)の他、同(二)の物件おも目的としてしたものであるが、代金のうち一、五五〇、〇〇〇円は、支払済みで、そのうち山林については、既に移転登記手続を終つているものである。

二、そうして、本件売買の目的は可分であるから、この場合は、契約解除の法理上未だ代金の支払のなされていない三〇〇、〇〇〇円にかゝる部分についてのみ契約の解除が許さるべきものと解される。(大審院昭和二一年(ヲ)第一五号判例参照)

三、しかるに、原告の本件解除の意思表示は、契約の全部にわたるものであるから、それは全体として無効であつて、解除の効果は、生じていない。

(五)  証拠方法 鑑定(鑑定人中本光直)

理由

一、請求原因一、及び二、の事実は当事者間に争ないが、原告の釈明一、及び二、の事実もまた当事者間に争ない。

二、そうすると、本件売買物件のうち農地については、先ず訴外今城ヨシ子から原告に対する売買について愛媛県知事の許可がなされていないから、その間の売買は無効であるとともに、原告から被告に対する売買についてもまた愛媛県知事の許可がなされていないから、その間の売買も無効であると認めるを相当とする。

三、もつとも、今城から、被告に対する譲渡について知事の許可がなされ、本件売買に際して、原被告は、右許可を条件としてしたものゝごとくであつて、このような農地の転売については、中間省略の許可をもつて足り、それに因り中間の譲渡行為が有効となるとの見解も行われる余地がないとしないが、その説に左たんし得ない理由を次に略説するであろう。

(1)  先ず、形式的に考えて、農地法第三条の文理上、中間省略の許可をもつて足るとの解釈を導くことは容易でない。

(2)  登記の場合は、それをすることは当事者の自由意思に委されておるもので、ある登記をしないことによつて受ける不利益は当事者限りのものであるから、私法自治の原則上、中間省略の登記の合意を有効として扱われているものであるが、農地の権利の異動について知事の許可を要件としたのは、農地行政の公益上の必要によるものであるから、登記の場合と異り、私人の意思により左右され得る事柄でない。

(3)  もとより、農地の権利の異動についての知事の許可は、誰から異動するかの点よりも、誰に異動するかの点を主題としてなさるべきものと解されるから、中間省略により許可を受けたものが適格者であれば足り、中間省略の許可を条件とした譲渡行為は有効と考えることに一理なしとしないが、農地の譲渡においてそれを耕作する以外か目的で譲受けると認められる者に対しては許可をしないことの規定(農地法第三条第二項第二号参照)のある立前から考えて、この規定の趣旨に反する結果を奨励することとなる中間省略の許可を容認する説には、到底賛同できない。

(4)  例えば、本件において、今城と原告との間の売買について知事の許可がなされ、それと右左に原告と被告との間の売買について許可の申請がなされた場合には、知事は、後者の申請を却下し、前者の許可おも取消すよう扱うことが、前記農地法の規定の趣旨に合したところの措置と解すべきものであろう。

(5)  仮に、中間省略の許可を条件とする農地の譲渡行為がその許可により有効となるものとすれば、本件におけるがごとく、その許可以前に農地の引渡し及び代金の支払がなされ、暗々に農地は転々して数年に及ぶという風を馴致し、農地法における農地異動の統制を目論んだ規定の意義は没却され、由々しい事態を招来するであろう。

(6)  要するに、農地法第三条は、農地が耕作以外の目的で転々譲渡されることを禁止しているものであつて、その禁止の潜脱を許すごとき解釈を採ることはできないから、忠実に、文理上の解釈そのものを適用する見解に到達せざるを得ない。

四、そうすると、本件売買のうち農地以外の分の効力が問題となるが、売主の担保責任の諸規定、特に他人の権利の売買のそれを類推適用して、農地以外の分の売買は他に特別の理由のない限り、有効と解するを相当とする。

五、ところで、本件売買物件のうち農地部分の価格が少くとも三〇〇、〇〇〇円を下らないことは、原告が自認するところであるから、農地以外の部分すなわち有効な部分の売買については、代金の支払がなされており、結局原告の解除の意思表示は、被告の抗弁における主張のとおりの理由により、農地の部分についても、その余の部分についても、効力を生じないものと結論せざるを得ない。

六、したがつて、その余の判断を用いるまでもなく原告の主張は理由がないから、本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 水地巌)

目録(一)

(イ) 愛媛県喜多郡河辺村大字北平字表田甲三、〇四五番地の一

一、田 一反五畝二二歩

(ロ) 同所甲三、〇四八番地

一、田(現況宅地)三畝二三歩

(ハ) 同所字堂ノ上甲三、二一四番地の一

一、畑 二畝 〇歩

(ニ) 同所甲三、二一六番地

一、畑 二畝一二歩

(ホ) 同所甲三、二一五番地の一

一、畑 五畝二五歩

(ト) 同所字イワセト甲三、二四七番地

一、畑 二畝一六歩

(チ) 同所字川ノ上乙一、五五五番地

一、畑 二九歩

(リ) 同所字上甲三、三二六番地

一、宅地 九六坪

(ヌ) 同所字表甲三、〇四八番地所在

(家屋番号一八六番)

一、木造木皮ぶき二階建居宅 一棟

―建坪一三坪・外二階一一坪―

目録(二)

(イ) 愛媛県喜多郡河辺村大字北平字大杉ノ上甲三、〇二一番地の一

一、畑 一畝一〇歩

(ロ) 同所同番地の二

一、山林 三反六畝一八歩

(ハ) 同所甲三、〇二二番地

一、山林 一反三畝 八歩

(ニ) 同所字コウヒン甲三、〇三九番地の一

一、畑 一畝二二歩

(ホ) 同所古堂甲三、〇四一番地

一、畑 一反一畝 七歩

(ヘ) 同所甲三、〇四二番地

一、畑 一一歩

(ト) 同所字表タ甲三、〇四七番地の五

一、畑 六歩

(チ) 同所字久保田甲三、五〇五番地の一

一、畑 四畝一一歩

(リ) 同所甲三、五〇六番地

一、畑 九畝二七歩

(ヌ) 同所字リンコ甲三、五一四番地

一、畑 一反二畝 二歩

(ル) 同所字川ノ上甲一、五五六番地

一、畑 二畝 〇歩

(ヲ) 同所字イワテ乙一、五七一番地

一、畑 一八歩

(ワ) 同所字イワデ乙一、五七二番地

一、畑 六畝 九歩

(カ) 同所字堂ノ谷一、五九九番地

一、畑 二一歩

(ヨ) 同所字ススレ乙二、六二一番地

一、畑 一反三畝一五歩

(タ) 同所字クニカワ内一、一〇三番地

一、畑 五畝二五歩

(レ) 同所字ウシロ甲三、二一九番地

一、山林 二畝一八歩

(ソ) 同所字シカノ谷乙一、六一四番地

一、山林 九畝 九歩

(ツ) 同所字ヲチアイ丁四八〇番地

一、山林 一反二畝 〇歩

(ネ) 同所字イワテ丁六一二番地

一、山林 一畝 六歩

(ナ) 同所字ツカノタニ丁六二〇番地

一、山林 九畝 〇歩

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